滋賀から世界へ!近江商人の「三方よし」を体現する有名企業10選とその成功哲学

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滋賀県は、日本最大の湖「琵琶湖」を抱えるだけでなく、日本経済の礎を築いた「近江商人」の魂が今なお息づく地です。彼らが提唱した「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」という精神は、現代のグローバルビジネスにおいても「究極の経営哲学」として再評価されています。

今回は、滋賀県(近江)から誕生し、日本を、そして世界を牽引する巨大企業へと進化した企業たちにスポットを当てます。なぜ滋賀からこれほどまでに多くの名門企業が生まれたのか。その歴史と、彼らが守り続ける成功の秘訣を解説します。

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1. 近江商人のルーツ:なぜ滋賀から起業家が輩出されるのか

滋賀県は古くから交通の要所でした。北陸道、中山道、東海道が交わり、琵琶湖の水運を利用すれば京都や大阪へも容易にアクセスできました。この「物流の結節点」という地理的条件が、近江の人々に広い視野と商機を見出す感性を育んだのです。

近江商人の最大の特徴は、自らの利益だけを追わず、社会への貢献を重んじる姿勢にあります。彼らは全国を行脚し、その土地にないものを届け、得た利益で橋を架けたり学校を建てたりしました。この「公共性」こそが、数百年続く長寿企業の遺伝子となっています。

2. 滋賀が生んだ世界の巨塔:伊藤忠商事・丸紅

まず外せないのが、日本の総合商社の雄、伊藤忠商事丸紅です。この2社は、元を辿れば同じ一つの商店に行き着きます。

伊藤忠兵衛の志

1858年(安政5年)、滋賀県犬上郡豊郷町の農家の次男だった初代・伊藤忠兵衛が、麻布(現在のリネン)を天秤棒に担いで持ち出したのが始まりです。当時、彼はわずか15歳。これが現在の巨大商社の原点となりました。

忠兵衛は単なる商人ではありませんでした。彼は「商売は菩薩の業(行い)である」と説き、店員を家族のように大切にし、利益を分配する制度をいち早く導入しました。

  • 伊藤忠商事: 繊維から始まり、現在は非資源分野で圧倒的な強さを誇ります。
  • 丸紅: 同じく忠兵衛の系譜を引き継ぎ、食料や電力、インフラ分野で世界を股にかけます。

この両社に共通するのは、変化を恐れない「近江の進取の気性」です。現在も両社は、近江商人の精神を社是の根幹に据えています。

3. 日本の百貨店文化の先駆者:高島屋

華やかなショーウィンドウで知られる百貨店、高島屋もまた、滋賀県に深い縁があります。

創業者である飯田新七は、近江国高島郡(現在の高島市)の出身でした。彼は京都で古着・綿布商を営む「高島屋」を創業しました。屋号の「高島」は、彼の故郷である高島郡に由来しています。

高島屋が成功した理由は、徹底した「顧客第一主義」と「信用」です。江戸時代から明治へと時代が変わる激動期に、それまでの「相対売り(交渉で値段を決める)」から「正札販売(定価販売)」をいち早く導入。透明性の高い商売で庶民の信頼を勝ち取りました。また、いち早く海外の万国博覧会に出展し、日本の美術工芸品を世界に広める役割も果たしました。

4. 女性の美を支える革命児:ワコール

「女性を美しくしたい」という情熱から生まれた日本最大の下着メーカー、ワコール。その創業者、塚本幸一もまた滋賀県五個荘(現在の東近江市)の近江商人・塚本家の流れを汲む人物です。

戦地から復員した塚本氏は、焼け野原の中で「これからは女性が輝く時代になる」と直感しました。彼は滋賀の商人のネットワークと粘り強さを活かし、当時は日本に馴染みのなかった「ブラジャー」を普及させるために奔走しました。

ワコールの成功は、伝統的な近江商人の「先見の明」と、京都の「洗練された美意識」を融合させたことにあります。滋賀の精神的なバックボーンがなければ、保守的だった当時の日本でこれほど大胆なファッション革命は起きなかったでしょう。

5. 世界を動かすディーゼルエンジン:ヤンマー

「僕の名前はヤン坊、僕の名前はマー坊」というCMでおなじみのヤンマー。その創業者、山岡孫吉は滋賀県伊香郡(現在の長浜市)の農家の出身です。

農作業の過酷さを目の当たりにして育った孫吉は、「農作業を楽にしたい、農家を救いたい」という一心で、世界で初めてディーゼルエンジンの小型化に成功しました。これは当時の世界の常識を覆す快挙でした。

ヤンマーのロゴに描かれているのは「オニヤンマ」。豊作の象徴であり、強く前に進む姿は、孫吉の不屈の精神を表しています。現在、ヤンマーは農業だけでなく、船舶や建設機械、エネルギーシステムなど、世界中の産業を下支えするグローバル企業となっています。

6. 滋賀の生活を支える「鳩のマーク」:平和堂

滋賀県民にとって、なくてはならない存在なのが平和堂です。

創業者の夏原平次郎は、戦後の混乱期に彦根市で靴店からスタートしました。彼は「地元の皆様に愛される店づくり」を徹底し、琵琶湖を取り囲むように店舗網を広げました。

平和堂の凄さは、その「地域密着」の徹底ぶりにあります。大手チェーンが参入してきても、滋賀県内でのシェアは揺るぎません。これは、近江商人の「世間よし(地域貢献)」を現代の小売業で体現しているからです。平和堂が展開する「HOPカード」は、滋賀県内の普及率が驚異的に高く、もはや滋賀県のインフラの一部といっても過言ではありません。

7. 和菓子の革新者:たねや・クラブハリエ

近江八幡市に拠点を置くたねやグループは、老舗の和菓子店でありながら、バームクーヘンで有名な「クラブハリエ」を展開するなど、常に新しい挑戦を続けています。

彼らの拠点「ラ コリーナ近江八幡」は、年間数百万人が訪れる滋賀県屈指の観光スポットです。自然との共生をテーマにしたこの施設は、まさに「世間よし」の現代的な解釈といえます。

たねやの経営陣は、「商いは道(みち)である」と語ります。先祖代々の教えを守りつつ、洋菓子の世界でもトップクラスの品質を追求する姿は、伝統を重んじながらも革新的であり続ける近江商人の真骨頂です。

8. 近江商人の精神「三方よし」はなぜ現代に響くのか

ここまで紹介してきた企業には、一つの共通点があります。それは、単に「儲かるからやる」のではなく、「その商売が社会のためになるか」という問いが常に根底にあることです。

三方よしの内訳

  • 売り手よし: 適正な利益を得て、従業員を幸せにする。
  • 買い手よし: 顧客に最高の価値と満足を提供する。
  • 世間よし: 利益を社会に還元し、地域や環境を良くする。

現代のビジネス用語でいえば、これは「ステークホルダー資本主義」そのものです。近江商人は400年以上前から、持続可能な社会を作るための答えを知っていたのです。

9. 滋賀で起業するメリット:令和の近江商人を目指して

今、滋賀県は「起業の地」として再び注目を集めています。

  1. 交通の利便性: 京都・大阪・名古屋へのアクセスが抜群。
  2. 豊かな自然: 琵琶湖という圧倒的なリソースと、心豊かな住環境。
  3. 教育と研究: 多くの大学が集積し、産学連携が盛ん。

滋賀でビジネスを始めるということは、偉大な先人たちが築いた「商いの道」に乗ることを意味します。滋賀県内には起業家を支援するコミュニティも多く、近江商人のDNAを受け継ぐ新たなスタートアップが次々と誕生しています。

10. 結論:滋賀の企業から私たちが学ぶべきこと

滋賀県で生まれた有名企業たちは、一時的な流行に流されることなく、100年、200年と続く基盤を築いてきました。その根底にあるのは、「誠実さ」と「謙虚さ」、そして「執念」です。

伊藤忠兵衛が天秤棒一本で始めた旅が、今の巨大商社につながっているように、どんなに大きなビジネスも最初の一歩は「誰かの役に立ちたい」という純粋な想いから始まります。

この記事を読んでいるあなたが、もしこれから新しい挑戦をしようとしているなら、ぜひ滋賀の歴史に触れてみてください。そこには、テクニックを超えた「商売の本質」が眠っています。


いかがでしたか? 滋賀県が生んだ名門企業の物語は、現代のビジネスパーソンにとって最高の教科書です。琵琶湖を訪れた際には、ぜひその周辺にある企業の歴史館や、たねやの「ラ コリーナ」に足を運んでみてください。きっと新しいインスピレーションが得られるはずです。

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