大津の忠犬伝説”犬塚の欅”ってご存じですか?

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京阪京津線上栄町駅から大津赤十字病院に向かって、少し歩いたところにけやきの巨木があるのはご存じでしょうか?

この欅の前に案内板が立てられてあって、この巨木が”犬塚の欅”と呼ばれた史跡であることがわかります。

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蓮如上人にまつわる伝説の木

案内板には

京都から大津へ難を逃れてやって来た蓮如上人が、上人の人気を心よく思わなかった他宗の門徒によって毒殺されようとした時に、忠犬が身代わりとなって死んだので、この犬を埋めた塚に、欅を植えて弔ったというお話です。

と書かれてあります。

伝承によると、蓮如上人が京都から難を逃れて大津の地に入ったとき、その人気をよく思わなかった他宗の門徒たちに毒殺されようとしました。しかし、蓮如上人の愛犬が不思議にもそれを察知し、身代わりに食べ、たちまちのうちに死んでしまいました。蓮如上人は供養のため犬を手厚く葬り、その地に欅を植えられたと言われています。

犬塚の欅は、樹齢約500年と推定され、大津市の天然記念物に指定されています。高さは約20メートル、幹周りは約6メートルと、堂々たる姿で今もなお人々を見守っています。

蓮如上人って何をした人?

蓮如上人は、室町時代に活躍した浄土真宗の僧です。本願寺第8世宗主・真宗大谷派第8代門首として、浄土真宗の布教と教義の整備に努め、浄土真宗の隆盛に大きく貢献しました。

蓮如上人は、応永22年(1415年)に京都で、本願寺第7世存如上人の長男として生まれました。6歳の時に母親が亡くなり、父親のもとで仏教の修行を積みました。

応永30年(1423年)、蓮如上人は父親の存如上人の死去に伴い、本願寺の法主に就任しました。しかし、当時の浄土真宗は、宗派内の分裂や、他宗との争いなどで衰退していました。

蓮如上人は、こうした状況を打開するために、宗祖親鸞聖人の教えに立ち返り、浄土真宗の教義の整備と布教の推進に努めました。

まず、蓮如上人は、御本尊の統一を行いました。当時、浄土真宗には、様々な形の御本尊が存在していましたが、蓮如上人は、親鸞聖人が作られた六字名号の御本尊を唯一の御本尊として定めました。

また、蓮如上人は、御名号の授与を広く行いました。御名号は、南無阿弥陀仏の6文字からなる仏号で、蓮如上人は、御名号を唱えることで、誰もが阿弥陀仏の救済を受けることができると説きました。

さらに、蓮如上人は、全国各地を巡り、説法や法要を行いました。その結果、浄土真宗は、全国に広がり、多くの人々に受け入れられるようになりました。

蓮如上人の布教活動は、当時の社会にも大きな影響を与えました。戦国時代の荒廃した世の中で、蓮如上人の説く「阿弥陀仏の救済」は、人々の心の支えとなり、多くの人が浄土真宗に帰依しました。

蓮如上人は、明応8年(1499年)に、85歳で亡くなりました。その生涯は、浄土真宗の隆盛に大きく貢献した、歴史に残る偉業でした。

真宗大谷派本山 東本願寺

蓮如上人の功績として、以下の点が挙げられます。

  • 浄土真宗の教義の整備
  • 御本尊の統一
  • 御名号の授与の普及
  • 全国への布教の推進

これらの功績により、蓮如上人は、浄土真宗の開祖である親鸞聖人に次ぐ、浄土真宗の第二の開祖と称されています。

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